原子力発電所の炉心溶融事故時の「水蒸気爆発」についてはスリーマイル島原発事故(実際に炉心が融けた)以後の1980-90年代にたくさんの大規模実験が米国, 欧州, 日本, 韓国などで行われ, 2000年以降はOECDの国際協力「SERENA」でコンピュータシミュレーションによる実機規模の評価技術を詰めていく感じの研究が行われてきました.
2010年以降, スウェーデンの王立工科大学(KTH)で浅い水中に投下された溶融物が水の底で拡がる様子を観察する実験が行われていますが, その中で予想しなかった水蒸気爆発の発生があり, 彼らが評価した爆発のエネルギー(熱から機械的エネルギーへの変換率)が異常に高かった(最大の値である約3%は, 強い水蒸気爆発で知られるアルミナを水に投下する場合の結果より大きい)ために, 注目を集めている感じでした.
2018年に私たちがやったコンピュータシミュレーションによる研究(日本原子力研究開発機構で開発されたJASMINEコードを使用)は, この「異常に高いエネルギー変換率」が実は誤り(大幅な過大評価)であることを明らかにしたものです. KTHが最大3%と発表したエネルギー変換率は, 実は0.3%程度であるという結果で, 結局従来から溶融物と水が層状になった場合の蒸気爆発(比較的弱い)について評価されていた値と同程度ということになります.
溶融炉心を冷却しようとすれば水と接触させることが必須で, 水蒸気爆発の危険性を過大に見積もると, もっと重要な冷却の確保を失する事態になりかねません. そのような, 現象の重要度の判断にご参照いただければと思います.
以下からPDFをダウンロードできます.(2020/3/10まで: 出版社が著者に50日間フリーアクセスによる配布を許可してくれるようです)
追記: 既に無料提供期間は終わっているので上のリンクは切れていますが, こちらで要旨などの閲覧, 記事の購入ができます→ https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0029549320300169
要旨の和訳:
スウェーデンのKTHで行われた浅い水プールの底で拡がる溶融物層による水蒸気爆発実験, PULiMS-E6及びSES-S1のシミュレーションをJASMINEコードにより行った.
粗混合条件を仮定し, 実験で観測されたプール底における力積を計算により再現することができた. この計算結果で, 水の運動エネルギー(Ek)と, KTHの実験で用いられた評価法によりプール底の力積から評価される運動エネルギー(Ekic)を比較し, KTHの運動エネルギー評価法の有効性を検討した. この結果, KTHの評価法は運動エネルギーを約5倍過大評価することが明らかになった.
水プールの形状と力積による運動エネルギー評価の有効性の関係について体系的に調べるために, PULiMS-E6とSES-S1実験のシミュレーション, 及び水槽の底での高圧気泡の膨張のシミュレーションで水槽形状を変化させるパラメータサーベイを行った結果, 以下のことが明らかになった.
(1) 浅い水プールの場合(水深<<半径), Ekic/Ekは4〜5に収束する趨勢を示す.
(2) 深い水プールの場合(水深>>半径), 力積による運動エネルギー評価では粗混合領域の上に限定した領域ではなく, 全体の水質量を用いた方が妥当である.
また, Ekic/Ekの経験式を導いた.