風来坊@真幸福知

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お酒飲まない幸せ

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この1年はほとんどの会合がなくなるかオンライン(Zoomとか電話とか)になって, たまに少人数で集まる場合にもお酒はなしなので, 「お酒のみません」と断る機会も無くなった. 飲まないと言うと, 以前は最初から飲まないのか, 何故いつから飲まなくなったのか, 飲まないとは寂しいだのなんだのと言われたものだが, そういうことも全く無い. 何かまた時代がひとつ進んだような気がしている.

最近(といっても10年くらい前には既に), 若い人たちの間で飲まないという人が増えているような気がする. 職場によっては年上の人から勧められると断りにくい環境もあるのかもしれないが, パワハラだとかセクハラだとかの認識が広がって, 個々人の習慣や嗜好に圧力をかけてはいけないし, 宴会の席上での強要はアウトという感覚が定着してきたのだろう. 飲酒運転による事故の問題などで, 社会的に飲酒による過失をより深刻で悪質なものと見なす風潮が強まったのも, 職場の宴会の雰囲気を変えたかもしれない.

ところで, 「飲む」「飲まない」という選択肢を前にして, 飲まない人は否定的な立場でその場の「標準」に背を向けているような感じもするが, この選択は多くの束縛とリスクから自身を解放してくれるものだという認識はあるんだろうか? つまり「お酒飲まない」選択をして暮らしている人たちはたぶんその自由と解放感に味をしめて手放したくないのだろうという気もする.

「飲まない幸せ」を列挙するとけっこうある.

  • 実のある話ができる: 酔った人と話していると, やけに調子の良い話しになったりフレンドリーになったりするが, 後日再会してみると何も覚えていない, または忘れたことにしている(?)という裏切りに近い経験をすることはよくある. 酔が回ってくるとだんだん何を話しているかわからなくなるし声も大きくなるしこっちの話も聴こえなくなるらしい. 酔わずに1, 2時間も話すと, 忘れることのない深い話もできる.
  • 酔によるリスクがない: 忘れ物, 犯罪や事故に巻き込まれる, 犯罪を犯すなどの多くのリスクを避けられる. 酔いやアルコール依存がどれだけ多くの犯罪やトラブルの原因になっているかは周知のところ. 酔って徒歩で帰宅途中に交通事故で無くなられた例も知っている.
  • 車の運転ができる: 便利だし, 急用にもすぐに対応できるし, 自身の安全も守れる. 酔った人を送るなど人の役にも立てる. ちなみに, 飲酒して運転することは昔の比ではないリスクである. 昔は酒気帯び運転の自損事故が武勇伝のように語られたこともあったが, 最近は私の知る範囲でもそれで即刻, 懲戒免職になった例がある.
  • 健康上のリスクを増やさない: 一日2合以上の習慣的飲酒はがんのリスクを1.4倍に高める. これは500〜1000ミリシーベルト放射線ひばく(これは年間の自然放射線の200〜400倍!!!)に相当するリスク. まあ, 肝臓に余分な仕事をさせずによく寝て翌朝から動けるし...

コロナで自粛を求めながら会食をして叩かれた菅(すが)首相は酒を飲まないそうだが, 他にも有名な人たちの中にも飲まない人がけっこういて, トランプ前大統領も飲酒しないことは有名.

他にも飲まない有名人は多い.

日本:

海外:

ちなみに, 米国のアルコール依存の問題は日本のそれよりも深刻で多くの犯罪や家庭崩壊(それが長期的にはさらに犯罪を誘発)の原因となっているとのこと. 上の記事にリストされた人々も, 依存などの問題を克服するために断ったというケースが散見される. トランプ氏も兄のアルコール依存が, 自身が飲まなくなる理由のひとつと言われている.

思うに, 日常的にストレスや抑圧を感じていて, アルコールがそれを解くために有効と考えている人は, アルコール依存のリスクを抱えている.

日常が幸せでなければ, アルコールによる「麻痺」にやすらぎを求めるのではなく, その原因と, どこかにある喜びの種を探す旅が必要と思います. 「喜び」は食べ物以上に人が生きるための必須栄養素だから.

ところで, お酒はさておき, このように何でもオンラインになってしまうと人が集まることの大切な効果を再認識する. 国内外の学会なども全てオンラインに移行してしまって気づくのだが, オンラインだとオフィシャルな目的, つまり会議での報告やディスカッションという目的は果たせるのだが, そこで偶発的にいろんな人に会って生じるインタラクション, 知りあいと久しぶりに会って世間話をするとか, その場にいた人たちと食事をして新たな繋がりができるとか, そういう公私にわたる「広がり」の機会がない. これは面白くない. やはり人には「空間を共にして」交流することが必要なのだ.

<合掌>